生い立ち


私は自営業の跡取り息子として生まれましたが、3歳の時に母が姉2人と私を連れて家をでて、その後は母子家庭として育ちました。

 

私は、父および父方の人とは一切の交流がなく、父の記憶もほとんどありません(父は19歳の時に他界しました)。

 

母は、女手一つで子供3人を育てるために、父および父方へのマイナスな感情と、子育てのフラストレーションを子供たちにぶつけていました。

 

私は、家族で男一人であることから、幼少期から「苦労と迷惑をかけて育ててもらっている母を、お前が幸せにしろ!」と母や親戚から言われ、自分の人生を小学生の時から決められていました。

 

その結果、自分の夢を持つことや感情を出すことができず、自分の人生ではなく、母を幸せにするために、母と親戚の望む人生を生きることになりました。

 

小学生の時から「自分はなんでここにいるのか?」「自分は何のために生まれてきたのか?」と考えていました。

 

その時から生き辛さを感じており、小学3年生の時には登校拒否、自殺願望がありました。

 

自分がやりたいこともできないまま、夢見ることもできずに、母と親戚に決められた人生のレールの上を歩むこととなり、母に苦労と迷惑をかけないようにと、全寮制の高校に入り就職をしました。

 

会社では常に孤独感を感じながら、自己犠牲で苦しんでおり、31歳で結婚、36歳で離婚、30代を超えてからは胃潰瘍・十二指腸潰瘍の併発を繰り返しました。

 

また、今までにかかったことのない病気にかかるなど身体に異変が出始めて、30代後半に不眠症になると同時に、母に対して理由の分からない強い怒りがこみ上げてくるようになりました。

 

さらに不眠症が悪化して、会社の健康診断で相談したところ、心療内科に行くようにと紹介状を渡され、自宅近くの心療内科に予約を入れ受診しました。

 

心療内科を受診してから、薬の副作用で身体にますます異変がでてしまい、この時、初めて自分自身と向き合うことになりました。

 

そして、自分の身体の異変や不眠症、母に対する強い怒りの原因を探ろうと本屋で本を見ている時に、私の目に止まった「アダルトチルドレン」という文字が気になり調べ始めました。

 

アダルトチルドレンの本を読んでいくと、まさに、私の家庭で起きていたことが書いてありました。

 

その結果、生き辛さを感じたり、自分の感情を押さえ込んだり、自分より他人を優先しなければならないために、自己評価・自己価値観が低く、常に自分を犠牲にする生き方しかできず、人とのコミュニケーションもどうやってとればいいかもよくわかりませんでした。

 

また、幼い時から母を幸せにしろと言われ続けており、母と同居することが当たり前だと思い込んでいましたが、母と一緒にいると精神的に追い込まれてしまうため、2012年4月に母と別居をしてもらいました。

 

その後も何冊も本を読み、ワークブックを買って自分で取り組みましたが、原因はわかってもどうすればいいかがわからずに立ち止まっていました。

 

そんな時に、ブログ仲間の方に、日本メンタルヘルス協会の代表である衛藤信之先生の動画を紹介していただき、この動画を見て涙が溢れ、感情が揺さぶられ、この方から学びたいと思い、2014年3月から心理学を学び始めました。

 

母を幸せにするために辞めてはいけないと言われ続けていた会社を2014年8月に辞め、3ヶ月間は自分が何をやりたいのかが全然わからず、焦りと不安で苦しんでいた時に、Dr.ディマティーニ、マイケル・ボルダックのプログラムや本に出会い、とても衝撃を受けました。

 

Dr.ディマティーニのセミナーへ行き、私が何をやりたいかが見え始めるきっかけとなったバリュー・ファクターのファシリテーターになりました。

(ファシリテーターは2016年の秋に手放しました)

 

また、マイケル・ボルダックのセミナーへも行き、生まれて初めてビジョンボードを作ることで、自分の進むべき道がはっきりと見えてきました。

 

セミナーが終わると同時に、マイケル・ボルダックのコーチングを学びコーチになることを決断し、学びを深めるとともに、コーチを雇うことで「自分の人生を、生まれて初めて自分で選択し、自分が望む人生を進む」ことができました。

 

自分の進むべき道、今の私の夢は「自分の人生の経験・体験、自分自身を取り戻すために学んできたことすべてを伝え、私のように自分の人生を生きられなく悩み・苦しんでいる人のサポートをする」ことです。

 

この夢が見えた時に、私は今まで苦しい、辛いと思っていた人生が、私の夢を叶えるために必要な経験であったと気づきました。

 

母に対する怒りの感情もほとんどなくなり、2015年1月末にアルツハイマーと判明した母の介護のサポートもできるようになりました。

 

心理学やコーチングを学んで、自分の夢が見え始めた時に、母と向き合うこととなり、今は、母を通して自分自身の過去と向き合っている感じがします。

 

心理学やコーチングを学んでいなかったら、母と向き合うことすらできなかったと思います。

 

私の経験を踏まえ、ヒーリング面でもサポートしたいと思い、不眠症の時に独学で始めたYogaで興味を持ったクリスタルボウルの演奏の心構え・心のあり方と技術を習得しました。

 

また、不要な思考を手放せるように、アクセス・コンシャスネス®・バーズ・プラクティショナーにもなりました。

 

 

私は愛犬のこたろーと一緒に生活をしていますが、こたろーが8歳の時(私が不眠症で苦しんでいて母と同居していた時)に、急性肝不全・腎不全と診断されました。

 

この時に初めてこたろーと真剣に向き合い、手作り食を独学で学び、こたろーのご飯を完全に手作り食にすることで完治した経験を踏まえ、私とこたろーの経験が少しでも役に立てばと思い、その時の手作り食のレシピと経験をまとめて小冊子を作りました。

 

この時に作成した小冊子を、心の信(ココロのノブ)の活動開始とともに、75冊分を印刷屋に依頼して本にしました。

タイトルは「こたろーが教えてくれたこと」です。

 

私のブログでも内容を複数回に分けて紹介しました。

 

ぜひ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

 

その後、手作り食の知識を深めたいと思い、ペットの食育についても学びました。

 

こたろーがいなければ、私は母との暮らしに絶望を感じ、今、こうして生きていることさえできなかったかもしれません。

 

私にとって、こたろーは命の恩人、そして、無条件の愛を私に教えてくれた大切な存在です。

 

ペットロスについても学び、今では、こたろーとも健全な関係で付き合っています。 

photo by miwa katoh cotaro's 10years old memory